音響計測 技術コラム
(完)逆二乗則成立エリアの設計論 ─ 無響室で“正しく測る”ための距離設計 ─
2025年11月7日
- HBK × Sonora 音響計測ソリューション
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- (完)逆二乗則成立エリアの設計論 ─ 無響室で“正しく測る”ための距離設計 ─
音響パワー測定
はじめに
無響室で音圧レベルを測るとき、最も基本的な前提は「音のエネルギーが距離の二乗に反比例して減衰する」──すなわち逆二乗則(Inverse Square Law)です。
しかしこの法則は、理想的な自由音場でのみ成り立ちます。
実際の無響室では、吸音性能・音源サイズ・測定距離・低周波条件などによって、逆二乗則が厳密には成立しない領域が存在します。
本稿では、無響室設計と測定条件設定における「逆二乗則成立エリア(K₂補正領域)」の考え方を整理します。
逆二乗則とは何か
点音源から放射される音は、球面状に広がりながら距離に応じて減衰します。
その音圧レベル Lp は次式で表されます。

ここで、rは測定距離、r1は基準距離です。
この距離と音圧の関係が直線的に成立する範囲が、いわゆる「逆二乗則成立領域」です。
なぜ無響室でこの法則が崩れるのか
理論上、完全無響室では反射がゼロですが、実際の測定環境では次のような要因が誤差を生みます。
- 吸音楔の残響成分(低周波では吸収しきれない反射)
- 音源の大きさ(点音源ではなく指向性を持つ場合)
- 測定距離の設定ミス(近接場・遠達場の境界を超えていない)
- 壁面からの反射干渉(特に低域や大型音源時)
つまり、理想的な逆二乗則は「測定理論」ではなく、音場設計の品質指標として扱う必要があります。
逆二乗則成立距離の定義
JIS Z 8732 や ISO 3745(音響パワー測定規格)では、逆二乗則の成立を確認するための評価距離やK₂補正が定義されています。
一般的に、近接場(Near Field)と遠達場(Far Field)の境界は次式で表されます。

ここで D は音源の最大寸法、λ は波長です。
この条件を満たす距離以遠であれば、逆二乗則が概ね成立します。
したがって、音源サイズが大きいほど、低周波ほど、“測定距離を長く取る必要がある”というのが基本原理です。
無響室設計における実務的考え方
逆二乗則が成立する空間を確保するためには、吸音性能だけでなく「室の広さ」と「測定配置」が密接に関係します。
- 低域吸音性能(f < 200 Hz)を十分確保する楔長
- 音源—マイク距離の最適化(通常1〜2 m)
- マイク配置の対称性(反射・干渉を防ぐ)
- 測定線上に構造物を置かない
これらは、ISO 3745の性能区分 Class 1〜2 を満たすための必須条件でもあります。
K₂補正の意味と活用
現場では、完全に逆二乗則が成立するわけではありません。
そのため ISO では「K₂値」(逆二乗則からの偏差)を定義し、実測値が ±1.5 dB(Class 1)または ±2.5 dB(Class 2)以内に収まることを確認します。
K₂の安定性を確認することが、無響室の性能保証と音響測定の信頼性担保の両方につながります。
まとめ:測るための静けさ
無響室とは単に「静かな部屋」ではなく、音を正しく測るために静けさを制御した部屋です。
その中で、逆二乗則成立エリアの設計は、測定精度の根幹を支える見えない基準といえます。
静けさを“つくる”技術と“測る”技術。
その境界にあるのが、この距離設計の思想です。
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