音響計測 技術コラム
無響室を「設計する幾何学」 ─ 音場性能を決める形状・構造の最適化 ─
2025年12月11日
- HBK × Sonora 音響計測ソリューション
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音響パワー測定
はじめに
無響室の性能は、吸音材の性能だけで決まるわけではありません。
音がどのように「部屋の中を移動し、反射し、消えていくか」。
その経路を制御する設計こそが、空間全体の静けさを決めます。
本稿では、無響室を“音の反射経路”から捉え、形状・構造・配置がどのように音場性能を左右するかを解説します。
無響室設計の本質:反射を「つくらない」構造
無響室とは、反射を吸収するだけでなく、反射が生まれにくい構造を意図的に設計した空間です。
音は壁面で反射するだけでなく、角・接合部・機器設置部などの形状不連続点でも発生します。
このため、無響室設計では以下の3点が基本原則となります。
- 1. 並行面を避ける(定在波を防ぐ)
- 2. 吸音材の配置を非対称化する(反射エネルギーを拡散)
- 3. 構造物を“面”ではなく“体積”として設計する(共鳴空間を排除)
これにより、音が特定方向に集まらず、空間全体が均質な静けさを保ちます。
幾何形状がもたらす音響的効果
矩形 vs 多角形
- 矩形室は施工が容易で経済的だが、角反射や平行反射が発生しやすい。
- 多角形室(例:六角形・八角形)は、反射方向を分散でき、中高域の音場がより均一になる。
天井・床の角度設計
- 床面をわずかに傾斜させることで、反射波の再入射を防止。
- 天井楔の角度を非対称にすることで、音の拡散性を高める。
こうした微細な角度設定は、「音が戻らない空間」をつくるための幾何設計です。
反射と拡散のバランス
完全に反射をなくすことは現実的に不可能です。
そのため、重要なのは反射を「目立たせない」設計です。
- 吸音楔や吸音板の配列をランダム化
- 接合部に小さな凹凸や段差を設け、反射を散乱化
- 壁面間の距離比を整数比にしない
このような工夫によって、残留反射は空間全体に分散し、測定上の影響を最小化します。
機器配置と床構造の関係
無響室の音場は、内部に設置される試験体や測定機材によっても変化します。
特に、床反射と構造共振は避けるべき課題です。
これに対し、次のような設計手法が有効です。
- 床面を吸音グレーチング構造とし、反射を低減
- 機器架台を独立防振構造(フローティング)とする
- ケーブルや配管を壁面経由で導入し、床下の閉空間を排除
こうした工学的対策により、無響空間の“静けさの乱れ”を最小化できます。
音場均一性と測定信頼性
無響室は「反射がない空間」ではなく、測定結果が反射によって変動しない空間です。
そのため、設計段階で「音圧分布の均一性」をシミュレーションすることが重要です。
近年では、3D音響解析(FEM/BEM)を用いて反射経路とエネルギー減衰を事前に検証し、設計精度を高めています。
結果として、測定位置に依存しない再現性のある音場が実現します。
まとめ:静けさは「形」で決まる
無響室の設計は、単なる吸音構造の配置ではありません。
それは、音の通り道を設計する幾何学です。
音は、素材よりも、角度・配置・距離によって静けさを変えます。
無響室の形状設計とは、「音がどう動くか」をあらかじめ設計する、空間的な精密工学なのです。
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