音響計測 技術コラム

吸音率0.99の誤解 ― ISO 3745:2012が変えた無響室評価の思想 ―

2026年5月18日

音響パワー測定

はじめに

無響室の仕様検討の場面で、「吸音率0.99」という数値が独り歩きしてしまうことがあります。楔(くさび)型吸音体のカタログに記載されたこの数値を見て、「だからこの空間は無響室として成立している」と理解されるケースは少なくありません。

しかし、吸音率0.99はあくまで吸音材料単体の性能指標であり、その空間が音響パワー測定規格の要求する音場条件を満たしているかどうかとは、別の話です。本稿では、吸音率と無響室成立の関係を整理し、ISO 3745:2012以降に明確化された「逆二乗則成立による評価」という思想を確認します。

吸音率0.99とは何を指す数値か

まず前提として、カタログに記載される吸音率は、ほとんどの場合、材料単体を試験室で測定した値です。代表的な測定方法は次の二つです。

  • 垂直入射吸音率(音響管法・JIS A 1405-2 / ISO 10534-2)
  • 残響室法吸音率(JIS A 1409 / ISO 354)

楔型吸音体については、無響室を用いた自由音場で測定されることもあります。いずれの場合も、得られる数値は「その材料、その入射条件における吸収特性」であり、室全体の音場性能ではありません。

つまり、0.99という数値の意味は、「特定の条件で測ったときに、入射した音響エネルギーの99%が反射として戻らなかった」というだけのことです。この数値だけでは、無響室として測定規格を満たすかどうかは判断できません。

吸音率が高くても無響室とは限らない

吸音率の高い楔を全面に貼ったからといって、その空間がISO 3745が要求する自由音場条件を満たすとは限りません。実務上、次のような要因が音場性能を左右します。

低域での吸音不足吸音率は周波数特性として与えられ、対象周波数(特にカットオフ周波数以下)で性能が落ちる
室寸法・楔長と波長の関係楔長が波長の1/4を下回る帯域では、十分な吸音が成立しない
室形状と幾何壁面の対称性、コーナー処理、機器の張り出しによる反射干渉
暗騒音・遮音性能外部からの侵入音や設備騒音が測定下限を規定する
音源・マイク配置近接場と遠達場の境界、音源指向性の影響

これらは、過去の技術コラム「逆二乗則成立エリアの設計論」「無響室を『設計する幾何学』」でも触れた通り、無響室の性能を決めるのは楔の吸音率」だけではなく、「室として音場をどう成立させるか」という総合設計の問題です。

また、ラボテストにおける吸音材の吸音率が0.99を下回っていたとしても、室全体(3次元)では逆二乗則が成立する可能性もあります。

ISO 3745:2012で思想が変わった

音響パワー測定規格 ISO 3745 は、無響室・半無響室における精密測定法を規定します。ISOカタログでは Precision methods for anechoic rooms and hemi-anechoic rooms と表記されており、現行はISO 3745:2012(2022年に現行版として確認)です。

この2012年版で大きく整理されたのが、無響室の適格性確認に対する考え方です。要点は次の通りです。

試験室の適格性確認方法を独立化従来、無響室の性能評価はISO 3745内に内包されていましたが、自由音場の適格性確認は別途ISO 26101系列に整理される方向へと進みました。現行ではISO 26101-1:2021が自由音場環境の適格性確認、ISO 26101-2:2024が環境補正の決定を扱います。
「吸音材の仕様」から「音場性能の実測」へ規格適合の判断基準は、楔の吸音率や楔長といった仕様ではなく、室内で実際に成立している音場を測ることに重心が移りました。
逆二乗則からの偏差(K₂相当)による評価音源を設置して距離ごとに音圧レベルを測り、その減衰が理論(−6 dB/距離2倍)からどれだけ離れているかを評価する考え方が、より明確に位置づけられました。

つまり、「無響室であること」を、材料仕様の積み上げではなく、室として測って確認するという方向に整理されたわけです。

逆二乗則成立が本質

ISO 3745:2012 および ISO 26101 系列の考え方に従えば、無響室の本質的な評価基準は次の一文に集約されます。

試験室内に十分に広い「逆二乗則が成立する領域」が確保されていること。

自由音場では、点音源からの距離が2倍になるごとに音圧レベルが6 dB減衰します。この関係が、対象周波数帯域・測定距離・許容偏差(ISO 3745 では Class 1 で ±1.5 dB、Class 2 で ±2.5 dB が目安)の範囲で成立しているかを実測で確認できれば、その空間は規格上の自由音場として機能していると判断できます。

逆に言えば、

  • 吸音率0.99の楔が貼られていても、低域で逆二乗則が崩れていれば、その帯域では規格に適合しません
  • 楔の吸音率がカタログ値で示されていなくても、室として逆二乗則が成立していれば、規格要求は満たせます

「吸音率」は仕様の一要素、「逆二乗則成立」は結果の検証。両者を混同しないことが、無響室の仕様検討における出発点になります。

実務上の留意点

設備の新設・更新を検討する際、仕様書に「吸音率0.99(○○Hz以上)」とだけ記載されている場合、それは材料仕様の宣言であり、規格適合の保証ではないことに注意が必要です。確認すべきはむしろ次の点です。

  • 対象とする測定規格(ISO 3745、ISO 3744 など)とその精度クラス
  • 適格性確認の根拠規格(ISO 26101-1 など)と確認手順
  • 評価対象周波数範囲と、その範囲での逆二乗則偏差の実測データ
  • 測定対象物のサイズと、それを収める逆二乗則成立領域の広さ

Moritaniとしては、SONORAの試験空間設計とHBKの計測系を組み合わせる際、「楔仕様」ではなく「音場性能」で要件を整理することが、最終的な測定信頼性につながると考えています。

まとめ

「吸音率0.99だから無響室」

この理解は、現行の国際規格の思想からは一歩離れたものです。

ISO 3745:2012以降、無響室の評価軸は材料仕様から音場性能へ、そして自由音場の成立、すなわち逆二乗則からの偏差に明確に置かれています。吸音率は重要な設計パラメータではあるものの、それ単体で規格適合を語ることはできません。

設備仕様を検討する際は、「どの規格に、どのクラスで、どの周波数範囲で適合するのか」という問いから始めることが、結果として正しい測定環境への近道になります。

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