音響計測 技術コラム

家電が静かになるほど異音が気になる理由|マスキング効果と音質評価

2026年10月21日

無響箱+騒音計による簡易性能測定

はじめに|静音化は「気にならない音」になることと同じではない

冷蔵庫、洗濯機、空気清浄機などの家電製品は、モーターの改良、ファン形状の最適化、防振構造の採用によって年々静かになっています。

ところが、運転音を小さくした製品で「キーン」という高い音や「カタカタ」という小さな作動音が、以前より気になるという声が出ることがあります。新しい不具合が生まれたとは限りません。それまで別の音に隠れていた成分が、静音化によって表に出てきたと考えられます。

この現象を理解する鍵が、人間の聴覚に備わる「マスキング効果」です。本記事では、聞こえ方が変わる仕組み、音質評価の考え方、そして無響室・無響箱で微小な音を測る意味を解説します。

1. 静かになったのに異音が目立つのはなぜ?

空気清浄機を例に考えてみます。送風による「サーッ」という風切り音は広い周波数帯域に分布しており、モーターから出る「キーン」という狭い帯域の音を覆い隠しています。ファンの改良で風切り音が下がると、モーター音そのもののレベルは変わらなくても、その成分が聞き取れるようになります。

静音化前広帯域の運転音が大きく、狭い帯域の音はその中に埋もれている。
静音化後広帯域の運転音が下がり、特定の周波数成分や断続音が浮き上がる。
静音化前後で、同じ4 kHzの純音成分が広帯域の運転音に埋もれる状態と、浮き上がる状態を比較した模式図
静音化前後の周波数成分の比較(模式図)。オレンジの純音成分は左右で同じレベルです。左では運転音より低いため合成した音にほとんど現れず、右では運転音が下がったことで突出して見えます。実測値ではありません。

2. 音が音を隠す「マスキング効果」とは

マスキングとは、ある音が存在することで、別の音が聞こえにくくなる聴覚上の現象です。静かな部屋では聞こえていた時計の秒針の音が、換気扇を回すと聞こえなくなる。時計の音が小さくなったわけではなく、耳がその音を検出しにくくなった状態です。

マスキングは、隠す音と隠される音の周波数が近いほど強く働きます。また、低い周波数の音は自分より高い周波数側を広く隠す性質があります。同時に鳴っている音どうしの「同時マスキング」のほか、大きな音の直前・直後で小さな音が聞こえにくくなる「継時マスキング」もあります。

つまり聞こえ方は、各成分のレベル、周波数帯域、継続時間、発生タイミングの組み合わせで決まります。周囲の音が下がれば、どんな異音でも目立つようになるわけではありません。

3. dBが下がっても、音の印象が良くなるとは限らない

運転音の大きさの比較には、A特性音圧レベル(騒音レベル)LpA[dB]が広く使われます。しかし同じ騒音レベルでも、「なめらかな風切り音」と「鋭いピー音を含む運転音」では、聞いたときの印象がまったく違います。

違いを生む要因の一つは、音のエネルギーがどの周波数に分布しているかです。特定の周波数に集中した成分は、音程を持った「トーナル音」として認識されます。断続的な衝突音や周期的な変動も、耳の注意を引きます。騒音レベルという1つの数値には、こうした音の特徴は表れません。

合計レベルが等しい2つの運転音のスペクトルを比較し、一方に突出したトーナル成分がある様子を示した模式図
広帯域の運転音と、突出した周波数成分を含む運転音の比較(模式図)。2本の線は表示範囲全体の合計レベルが等しくなるように作図しています。合計レベルが同じでも、オレンジには4.7 kHz付近にトーナル成分があります。FFT分析を使うと、こうした成分の有無と周波数を確認できます。

音質評価で扱う代表的な指標

指標表すもの単位主な規格
Loudness(ラウドネス)人間が知覚する音の大きさsoneISO 532-1、ISO 532-2、ECMA-418-2
Tonality(トーナリティ)音程を持った成分の目立ちやすさtuECMA-418-2(卓越した純音の判定はECMA-418-1)
Sharpness(シャープネス)音の鋭さ・甲高さacumDIN 45692
Roughness(ラフネス)速い変動によるざらついた印象。変調周波数およそ15〜300 Hz(70 Hz付近で最大)asperECMA-418-2
Fluctuation Strength(変動強度)ゆっくりした変動による揺らぎ感。変調周波数およそ20 Hz以下(4 Hz付近で最大)vacilECMA-418-2

これらの心理音響指標に、FFT分析、時間波形、スペクトログラム、実際の聴感評価を組み合わせることで、静音化によってどの音がどう変わったのかを多角的に検討できます。ただし、どれか1つの指標で製品の快適性が決まるわけではありません。

4. 家電製品で発生する音の例

冷蔵庫コンプレッサーやファンのうなり、配管の振動、温度変化に伴う部材の伸縮音
洗濯機コンプレッサーやファンのうなり、配管の振動、温度変化に伴う部材の伸縮音
空気清浄機送風ファンやモーターの音、空気流路で生じる風切り音
掃除機モーターとファンの回転成分、吸込口まわりの気流音

似た音でも、正常な動作に伴う作動音のこともあれば、摩耗・取り付け不良・共振など対策が必要な音のこともあります。音だけで故障と判断せず、正常品と比べたり、条件を揃えて測定したりすることが大切です。

5. 微小な異音を測るには「暗騒音」と反射音の管理が重要

一般的な実験室や工場には、空調設備、周辺機械、人の活動などによる暗騒音があります。測定対象の音が小さいと、暗騒音が測定信号に重なり、対象の成分を分離できなくなります。暗騒音と対象音のレベル差が小さいほど、測定値は暗騒音の影響を大きく受けます(ISO 3745での暗騒音補正の考え方は「地球上で“無音空間”は作れるのか?」でも触れています)。

室内の壁や天井から戻ってくる反射音も、測定結果を左右します。微小な音を評価するときは、対象音のレベル・周波数・測定方法に合わせて、暗騒音の低い環境と反射音の制御をセットで考える必要があります。

見落とされやすいのが、計測器側の雑音です。測定空間の暗騒音を下げても、マイクロホンや計測器自体の雑音(自己雑音)が対象音より大きければ、微小な音は測れません。微小音の測定では、ローノイズマイクロホンのように自己雑音の低い計測器と、暗騒音の低い測定空間を組み合わせて選ぶ必要があります。無響箱とHBKのローノイズマイクロホン4955-Aなどを組み合わせた構成は「無響箱+サウンドレベルメータ(騒音計)による簡易性能測定」で紹介しています。

無響室・半無響室の役割

無響室は、外部から侵入する音を遮り、内部の壁・天井・床からの反射音を吸音によって抑えた設備です。半無響室は床を反射面として残したもので、床に置いて使う製品の測定に用いられます。音響パワーレベルを測る場合は、採用する規格が求める音場条件を満たしているかが重要です。

無響箱の役割と限界

小型モーター、ファン、ギア、電子部品などの異音検査では、外来騒音を抑える無響箱も有力な選択肢です。量産ラインでは、自動扉の無響箱で搬入から測定・判定までを自動化する方法もあります(自動扉無響箱)。

ただし、無響箱の内部は無響室と同じ自由音場になるとは限りません。箱の内寸や吸音材の厚さによって、自由音場とみなせる下限の周波数が決まるためです(考え方は「無響室における測定可能下限周波数」で解説しています)。規格に基づく音響パワーレベル測定の代わりに、そのまま使えるものではない点に注意が必要です。

守谷商会では、HBKの音響・振動計測機器とソノーラテクノロジーの無響室・半無響室・無響箱を組み合わせ、測定対象の寸法、暗騒音、周波数帯域、必要な測定条件に応じた測定システムをご提案しています。

6. 静音化後の異音評価を進める5つのステップ

微小な異音を正しく評価するための基本フロー:測定環境の確認、運転条件の統一、周波数・時間分析、比較と聴感評価、実使用環境の確認
異音評価の基本フロー
1. 測定環境を確認する暗騒音と反射音のレベルを把握します。
2. 運転条件を揃える回転数、負荷、温度などの条件を統一します。
3. 周波数・時間分析を行うFFTやスペクトログラムで、ピーク、断続音、変動音を調べます。
4. 比較と聴感評価を行う正常品や改善前後のデータを比較し、聴感上の差も確かめます。
5. 実使用環境を確認する設置状態や生活騒音のある環境で、聞こえ方がどう変わるかを確かめます。

7. 関連する音響測定規格

IEC 60704-1:2021家庭用および類似用途の電気機器から発生する空気伝搬騒音の測定について、一般要求事項を定めています。建物に組み込まれる空調・暖房・換気設備などは適用範囲外ですが、家庭用ファン、レンジフード、除湿機、空気清浄機などは対象に含まれます。機器ごとの個別要求事項はIEC 60704-2シリーズで規定されます。
ISO 3745:2012無響室・半無響室における精密な音響パワーレベル測定方法を規定しています。この版で変わった無響室の評価の考え方は「吸音率0.99の誤解」で解説しています。
ISO 532-1:2017ラウドネスの計算方法(Zwicker法)を規定しています。
ECMA-418-1/ECMA-418-2ECMA-418-1はTNR法・PR法による卓越した純音成分の判定、ECMA-418-2はSottek聴覚モデルに基づくラウドネス・トーナリティ・ラフネス・変動強度の算出方法を規定しています。主に情報技術・通信機器の製品騒音を対象としているため、家電製品へ適用する際は評価の目的に応じて検討します。
DIN 45692:2009シャープネスの算出方法を規定しています。

無響室に関わる規格全体の読み方は「無響室関連規格をどう読むか」をご覧ください。

8. よくある質問

Q. 家電が静かになると異音が増えるのですか?

必ず増えるわけではありません。静音化によって、もともとあった小さな音が聞き取りやすくなるケースが多くあります。一方で、設計変更によって新しい音が生まれることもあるため、両者を区別して評価します。

Q. マスキング効果と暗騒音の影響は同じですか?

違います。マスキングは人間の聴覚で起こる現象です。暗騒音は測定対象以外に存在する音で、測定値や分析精度に影響します。前者は「聞こえ方」の問題、後者は「測り方」の問題です。

Q. 微小な異音の検査には必ず無響室が必要ですか?

必須ではありません。求める精度、周波数帯域、試験方法、測定対象の大きさによって、無響室・半無響室・無響箱を使い分けます。あわせて、対象音より自己雑音の十分低いマイクロホンや計測器を選ぶことも欠かせません。

まとめ|静音化の先には「音の質」を評価する視点が必要

家電製品が静かになると、それまで聞こえにくかったトーナル音や断続音が目立つようになることがあります。その背景には、広帯域の運転音が下がってマスキングが弱まるという、聴覚の仕組みがあります。

これからの製品開発では、「何dB下げるか」に加えて、「どの周波数成分が残るか」「それがどのような音として知覚されるか」を確認することが重要です。微小な音を正しく評価するには、自己雑音の低い計測器、揃えた測定条件、暗騒音の低い測定環境が欠かせません。

守谷商会は、HBKの計測機器とソノーラテクノロジーの測定空間を組み合わせ、研究開発・製品検査・品質管理の用途に応じた音響計測ソリューションをご提案しています。測定システムの選定、無響室・無響箱の新設や更新、規格対応のご相談は、お問い合わせページからお寄せください。実機を確認したい場合はショールーム・デモもご利用いただけます。

関連情報

参考文献

  • IEC 60704-1:2021, Household and similar electrical appliances – Test code for the determination of airborne acoustical noise – Part 1: General requirements. IEC Webstore
  • ISO 3745:2012, Acoustics – Determination of sound power levels and sound energy levels of noise sources using sound pressure – Precision methods for anechoic rooms and hemi-anechoic rooms.
  • ISO 532-1:2017, Acoustics – Methods for calculating loudness – Part 1: Zwicker method. ISO
  • ECMA-418-1, 3rd edition (December 2024); ECMA-418-2, 4th edition (June 2025), Psychoacoustic metrics for ITT equipment. Ecma International
  • DIN 45692:2009, Messtechnische Simulation der Hörempfindung Schärfe(シャープネスの測定技術的シミュレーション).
  • H. Fastl, E. Zwicker, Psychoacoustics: Facts and Models, 3rd ed., Springer, 2007.

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